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★日テレアナ 米森麻美 首つり自殺

2001年9月16日 米森麻美 首つりで死亡 34才

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日本テレビの人気アナウンサーだった米森麻美さん(よねもり・まみ、本名・鈴木麻美)が急死していたことが18日、分かった。

34歳。数日前、親族が都内の自宅を訪ねたところ、米森さんが亡くなっているのが見つかった。夫はロンドン滞在中だった。米森さんは94年に結婚して同局を退社、今年8月に第1子を出産したばかりだった。

34歳 死因は伏せる

日本テレビの美人女子アナトリオ「DORA(ドラ)」などで活躍した米森さんが34歳の若さで急逝した。関係者によると、ロンドン赴任中の夫鈴木晃さん(41)が自宅に電話しても米森さんが出ないのを不審に思い、連絡を受けた親族が数日前に自宅を訪ねたところ、米森さんが亡くなっているのが見つかった。

c0144828_19591961.jpgこの日、東京・西五反田の桐ケ谷斎場で身内だけでひっそりと葬儀・告別式が営まれた。ごく親しい友人にはこの日になって死去の連絡が入ったが、死亡日時や死因など詳しいことは伏せられたという。勤務していた日本テレビに連絡はなかった。

米森さんは94年4月、パーティーで知り合った大手食品メーカー創業家御曹司で銀行員の鈴木さんと結婚した。翌95年には「しばらくは家庭生活を優先させたい」と同局を退社。その後はフリーとなり、イベント司会などの仕事を時折こなしていた。今年3月31日に放送された「ルックルックこんにちは」の最終回に歴代司会者の1人として出演。「結婚7年目で初めての子供ができました」とうれしそうに妊娠を報告していた。

関係者によると、米森さんは8月下旬に出産した。夫の鈴木さんが英国勤務のため「子供が飛行機に乗れるようになったら英国で暮らしたい」と周囲に語っていたという。

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米森さんは小学校時代を米シアトルで、高校時代をロサンゼルスで過ごした帰国子女だった。上智大卒業後の89年に日本テレビにアナウンサーとして入社。同僚の永井美奈子アナ(36=現在フリー)薮本雅子アナ(33=現在報道局勤務)と一緒に「DORA」を結成。同局の40周年記念キャンペーンソングを歌ったほか、CM出演や歌手としてデビューするなど「元祖アイドルアナ」として人気を集めた。


◆米森麻美(よねもり・まみ)本名・鈴木麻美。1967年(昭和42年)3月18日、愛知県生まれ。小学校入学後、父親の仕事の都合で米国へ。帰国後、国際基督教高を経て、上智大外国語学部英語学科を卒業。89年に日本テレビに入社した。フリー時代は、政見放送で自民党の司会を担当したことも。


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女子アナの死ともなれば、その全容はあますとこなく報道されるのが普通であろう。

しかし彼女の場合は違った。

その死に関して、関係者には徹底した緘口令が敷かれ、すべての情報が伏せられたのだ。

そして死後その死はいまだ謎に包まれている――――――。

日テレ内部・外部関係者に厳重な緘口令が!?


死因が謎に包まれた〝怪死〟を遂げる有名人は少なくない。

その殆どのケ―スは何かしらの理由をつけられ、

詳細な調査がなされぬまま葬り去られてしまう。

しかし、その死に纏わる全てが〝謎〟として消し去られた人物もいる。

それが今から4年前の01年9月18日に訃報が伝えられた、

日本テレビアナウンサ―の米森麻美(享年34)であった。

元祖〝アナドル〟として永井美奈子、薮本雅子らとともに女子アナユニット〝DORA〟に参加。

様々なバラエティ番組を担当するだけでなく情報番組、報道番組の司会を務めるなど活躍。

「ルックルックこんにちは」の司会を務める彼女の姿を記憶している読者も少なくないだろう。

人気・実力を備えた米森の死はあまりにも不可解だった―――――。

彼女の死亡が伝えられたのは9月18日だが、

その日はあくまで〝訃報が伝えられた日〟であり、通夜及び告別式は既に終えていた。

死因に関しても全く公表されず、さらに「死亡日時・死因共に不明」とされた後、

その詳細が明らかになることはなかった。

米森の取材を続けているうちに判明したことだが、

訃報が伝えられた9月18日を境に日テレ内部ではある動きが活発になっている。

「米森さんの件について詳しいことをお知りの方は決して外部には話を漏らさないで下さい」
上層部から厳重な緘口令が様々な番組会議で、日テレ内部関係者及び外部関係者の全てに通達されたのである。

通常テレビ局内部で緘口令が敷かれることはそれほど多くない。警察からの〝報道規制の協力願い〟や〝人気アイドルの不祥事の報道自主規制〟などはあっても、放送と全く関係ないところで「しゃべるな」という厳重な緘口令の通達はまさに異例のことだった。

当時、複数のバラエティ・情報番組を担当していた日テレ関係者は証言する。
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どの番組会議でも『米森さんの件については決して外部に話すな』と会議の冒頭でプロデュ―サ―が話していました。バラエティ番組の会議の冒頭でもいきなり神妙な面持ちで話すんですよ。僕なんて何も知らなかったんですけど、あまりに緊張感があるもんだからそれこそ何かヤバイ理由でもあるんじゃないかなって。当時、いくつか番組やってましたけど、そんな緘口令が18日以降は全番組の会議の冒頭でされたんです。それこそ日テレに関わる外部製作会社のADにまで徹底させようとしたんじゃないですかね。それまでもそれからも、そんなことは一切ありませんね」(某製作会社ディレクタ―)

さらに米森の死に関しては、日テレ関係者の口は異様なまでに重かった。

実際、何人もの関係者に取材したが、口を開いた数人以外は、皆一様に「知らない」の一点張り。

しかしそんな中、彼女の死にまつわる興味深い噂を耳にした。それは「9・11同時多発テロと彼女の死が関係しているのではないか」という突拍子も無い話である。

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彼女は「9月11日あたりに死亡していた」

日テレの一アナウンサ―の死が、世界を震撼させた9・11テロと関係していると聞いてもピンと来ないかもしれないが、その関係性を多少なりとも想起させる状況はあるにはある。彼女の経歴を振り返りながら、検証してみよう。

平成元年、上智大学卒業と共に日本テレビに入社した米森は、その後、友人の紹介で知り合った鈴木一族なる名家の一人息子と結婚した。彼女の義理の父親は大蔵省で金融局長を務めたエリ―ト官僚であり、彼女が死亡した当時、ゴ―ルドマンサックス証券の名誉会長を務めていた。

ゴ―ルドマンサックス証券と言えば、9月11日テロ当日にその職員と他の証券会社・銀行と共に数千人規模で遅刻・欠勤をし、難を逃れた企業の一つであるという情報がある。そして、米森アナの死が報じられたのは9月18日、つまりは「9月11日あたりに死亡していた」との推測が成立する。テロ発生とほぼ同時期に一体、彼女の身に何が起きたのであろうか。

あくまで話半分に聞いて頂いても構わない。義父がゴ-ルドマンサックス証券名誉会長であり、9・11テロを事前に察知していた。そして米森は起こるべくして起こった惨事の裏側を知ってしまった。それが故に・・・・・・・・・・。
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全く公表されていない死亡日時と死因、さらにはニュ―ス番組などで精力的にアナウンサ―として活躍し、真面目だったと言われる彼女の性格を鑑みれば・・・・・・陰謀論者からすれば、テロと彼女の死を結びつける材料はそろってしまう。


そして、別の日テレ関係者が話してくれた興味深い証言がある。これは米森アナの死因に関する話である。
まず一つ目は育児ノイロ―ゼによる自殺。関係者によると、日テレ局員に対しては「育児ノイロ―ゼによる自殺」という説明がなされているというのだ。当時、日本テレビは視聴率三冠王を逃した時期であり、元局アナの自殺というある種のスキャンダルが浮上すれば、バッシングは避けられない状況にあった。だからこそ自殺は極秘とされたのではないか―――――という。

c0144828_15111448.jpgそしてもう一つが〝ある病〟による死亡。大学在学中に海外留学していた彼女は留学先で〝ある病〟に感染。そして01年に発病し死へと至ったのではないか―――――という。

いずれにしろ、出産や留学歴といった米森の経歴を出発点とする推測でしかないが、果たして厳重な緘口令を敷いてまで隠蔽しなければならない事情とは何だったのだろうか?しかし、米森の死に対する日テレや関係者の対応を鑑みた場合、やはり全ては一つの動きに集約される――――――つまり〝死自体を無かったことにしよう〟とする動きである。そうすると、浮上した数々の推測は、米森の死の背後に存在する〝巨大な闇〟を隠蔽するための〝アドバル―ン〟ではなかったかと思えてくる。

結局のところ真実は藪の中だが、一つだけ確実に言えることがある。

それは彼女の死に際して大きな力が働いたということ、だ。
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by a19750601 | 2001-09-18 21:35 |