★桂三木助 自宅で首つり自殺

オヤジのコピーでいいのか…桂三木助さん自殺の真相


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2001年1月3日に自宅で首つり自殺した落語家、

4代目桂三木助(本名・小林盛夫、享年43)。

遺書はなく、その死は謎に包まれていたが、

実姉で三木助さんのマネジャーだった小林茂子さんが

自殺の真相を告白した。

名人といわれた3代目の長男として大きなプレッシャーがかかる中、亡くなった三木助さん。「うつになってはじめて、弟の死んだ気持ちが分かった」と茂子さんが初めて明かした。

自身も昨年、うつ病を克服したことから、「どういう思いで弟が亡くなったかを伝えるのは私しかいない」と語る心境になったという。

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茂子さんによると、三木助さんは2000年12月に医師から「うつ病の可能性が高い」と診断されていた。

だが茂子さんは、三木助さんとやりとりしていたノートで、仕事に遅刻や無断欠席が目立つと叱咤激励。三木助さんは「姉貴へ やる気がない訳じゃない。

今後、どういう芸人になるか思案はしているが、オヤジのコピーでいいのか」「四代目として立派になりたい。姉貴を名マネジャーにしたいが、思うように気持ちを返せないもどかしさがある」などと苦悩をつづっていた。

茂子さんの長男(24)は家族の反対を押し切り03年に入門。

06年、二つ目に昇進し、3代目三木助の前名、桂三木男を襲名した。遺志を継ごうと精進しているという。


遺書なく

三木助さんが発見されたのは3日午後1時25分ごろだった。警視庁滝野川署などによると、三木助さんはこの日午後2時から東京・浅草演芸ホールでの高座を控えていた。母の仲子さんが、昼すぎになっても起きてこない三木助さんを起こしに1階東側の自室へ行ったところ、ジャージー姿でベランダの物干し用フックに和服のひもをかけ首をつっているのを発見した。すぐに119番通報し、自宅に近い都立駒込病院に搬送されたが、既に意識不明の重体で、午後2時5分に死亡が確認された。遺書などは見つかっていない。遺体は午後5時すぎ、自宅に戻った。同署は自殺とみて動機などを調べている。

この日夜、姉でマネジャーの小林茂子さん(45)が会見した。「昨年11月ころから、芸のことで悩んでいたようです。三木助という看板のプレッシャーで、つらいものを全部自分で背負っていた。今は、1階の和室で、非常に安らかな笑顔で眠っています。よく、ここまで頑張ったね、と声を掛けてあげた」と涙声で話した。

茂子さんによると、1997年(平成9年)12月に、芸術祭で演芸部門優秀賞を受賞してから、上を目指す気持ちが強くなったという。茂子さんは「自分の目指す芸の世界と、現在の自分との距離がかけ離れていて落ち込んでいた。落語で認められたいという気持ちが強かった」と話した。

言動異変

三木助さんは前日の2日には元気に高座をこなしたが、関係者によると、昨年11月ごろから、そううつの状態が激しくなり、突然、連絡が取れなくなることもあった。元日に東京・目白の柳家小さん(86)の自宅で行われた柳家一門の新年会と、2日夜に同所で行われた小さんの誕生日会は、それぞれ連絡もなく欠席した。2日夜は自家用車で外出したが、家人によると3日午前6時には車が戻っていたという。

落語協会によると、三木助さんは昨年12月1日から10日まで東京・池袋演芸場で若手数人が出演する高座をプロデュースしたが、3日目以降、1度も顔を出さなかった。また、意味不明なことを口走ることもあり、周囲では「言動がおかしい」と話していた。

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by a19750601 | 2001-01-03 20:04 |