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小林死刑


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奈良地裁101号法廷で開かれた一審判決は、主文は後回しにされ、判決理由を先に述べた。

奥田哲也裁判長が判決理由の朗読から始めたので、極めて厳しい刑が予想されていた。


小林薫被告はその間、落ちついた様子で静かに聞き入った。被告本人が死刑判決を望んで
いると伝えられるケースだったが、予想通り死刑判決が言い渡された。


「極めて残忍な犯行で、矯正の余地はない」として、求刑通り死刑判決を下し、11時31分、

閉廷されました。




 以下は、事件の概要。



 2004年11月、奈良市の小学1年、有山楓ちゃん(7)が誘拐、殺害された事件で、殺人と
わいせつ目的誘拐など8つの罪に問われ死刑を求刑された元新聞販売店員小林薫被告(37)
の判決公判が26日、奈良地裁で開かれた。



 小林被告は起訴事実を認めており、死刑が適用されるかどうかが焦点。被害者が1人の
殺人事件では、強盗など金銭目的か殺人の前科がある場合を除き死刑は回避される傾向に
あり、判決が注目されていた。



 検察側は「自宅に誘い込んだ後、頭のいい子と思い、発覚しないよう殺害した」と犯行の
計画性に言及し、女児の母親を脅迫するメールを送信した悪質性を強調。女子へのわいせつ
事件で2度起訴されていたことに触れて「犯罪傾向がエスカレートし、矯正の余地はない」
と結論付け、最高裁判決で示された死刑の判断基準(永山基準)などを基に極刑を求めた。



 弁護側は「反社会性人格障害」とする情状鑑定の診断について「いじめや父親の暴力など
成育環境による。生来的な人格ではない」と反論。殺意は「女児が風呂から出る際に反抗的
な態度を示したために生じた」として偶発的だったと訴え、極刑を適用しないよう求めた。





 奈良地裁の死刑判決を受け、両親が手記を奈良県警を通じ発表



 本日、小林被告に死刑判決が下されました。事件から今日までの1年10ヶ月は本当に長いものでした。悲しみ、苦しみそして怒りの収まらない日々がずっと続いてきました。裁判長の口から『死刑』という言葉が告げられ、「楓ちゃん聞いた?楓ちゃんよく頑張ったね。楓ちゃんが見守ってくれたからパパもママも頑張ってこれたよ。楓ちゃんありがとう」と心の中で楓には言いました。



 私たちはこの裁判において楓の無念さ、つらさ、悲しみをすべて知ってあげたい気持ちから、今日まで裁判を傍聴してきました。しかし、この裁判では小林被告から事件に対して、全く反省の姿を見せる事もなく、「生きていても面白くない。早く死刑にして欲しい」と自分勝手な言動ばかりで私たちには到底納得しえる事は何も小林被告の口から出てきませんでした。



 私たちには『死刑』が下されたからといって、幸せだった生活が元に戻るわけではありません。楓が受けた苦しみ、無念さがなくなる訳ではありません。私たちはこれからも大切な楓を奪われた深い悲しみの中、残された家族で毎日を過ごしていかなければなりません。



 下の娘も先日、「かえちゃん早く帰ってこないかなぁ?帰ってきたら『大きくなったね』って頭をなでてくれるかなぁ?ギューってしてほしいなぁ」と私たちに言ってきました。この事件で、楓の命が奪われただけではなく、楽しかった家族4人の生活をも粉々に砕かれてしまいました。この悲しみは一生癒える事はないのだと思います。それでも私たちは前に向かって進んでいかなければなりません。小林被告にはこの死刑判決を受け、少しでも真摯に受け止めてもらいたいです。



 私たちが受けたこの悲しみはもう二度と誰にもしてほしくはありません。この判決が子供を持つ親にとって少しは勇気づけられる結果となったかは解りませんが、未来のあるかけがえのない子供たちが犠牲となる犯罪が無くなる事を願うばかりです。



 この判決まで私たちが頑張ってこれたのも、死刑判決まで導いてくださった検察官、必死の捜査により小林被告を逮捕してくださった奈良県警の方々、そして事件当初から私たちへの励ましの手紙や想いを送ってくださった方々、遺棄現場まで足を運んで手を合わせてくださった方々、そして温かく見守ってくださった地域の皆様のおかげであると思います。本当にありがとうございました。



      有山 茂樹



         江利






 奈良女児誘拐殺人、小林薫被告の死刑確定へ ( 2006年10月10日 )



 先月26日、奈良地裁で死刑判決を受けた新聞販売所の元従業員小林薫被告が大阪高裁への
控訴取り下げ書を拘置されている奈良少年刑務所に提出していることが10日、わかった。



 弁護人は異議申し立てをしない方針。女児を殺害し、遺体の画像を両親に送りつけるなど
社会を震撼させた事件は、遺族への謝罪がないまま発生から1年11か月で、死刑判決が確定
する見通しとなった。



 死刑判決から2週間。「極刑以上の刑を」と裁判で訴え続けた両親に、小林被告はついに
事件の真相を語らないまま、自ら幕を引くことになった。



 弁護人によると「控訴の取り下げはいつでもできる。あなたが、なぜ犯罪を起こしたのか
なぜ小児性愛になったのか、それを手記にして書くべきだ」と約1時間にわたり翻意を促し
たが、小林被告は「それは無意味だ。世の中は変わらない」と話し、取り下げの決意は変わ
らなかった、という。 (情報社会のアイロニー:失敗の情報は伝わらない。)



 奈良地裁の裁判でも、小林被告は「自殺する勇気もないので、死刑を言い渡してもらって
死にたい」との発言を繰り返していた。



 小林被告は即日控訴したものの、数日後「楓ちゃんの命日(111月17日)まで考えさせて
ほしい」と関係者に話し、控訴取り下げの意向を示唆していた。



 最高裁によると、1966年以降、1審で死刑判決を受けた被告が控訴を取り下げて刑が確定
したのは計23件。2003年9月には、大阪教育大付属池田小の児童殺傷事件で、宅間守元死刑
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by a19750601 | 2004-09-26 13:20