「ほっ」と。キャンペーン

★★元タレントに実刑

交際男性を果物ナイフで刺し死なす

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交際していた男性を果物ナイフで刺して死亡させたとして、傷害致死罪に問われた元タレント・木村衣里被告(32)の判決が26日、東京地裁であった。

秋葉康弘裁判長は、懲役2年6月(求刑・懲役4年)の実刑判決を言い渡した。

2008年2月1日、警視庁捜査第一課により「東京都大田区鵜の木のマンションで1月26日、男性を刺殺した」として殺人容疑で逮捕された。刺殺された男性とは10年程前から交際していたが、男性から日常的に暴力を振るわれており、刺殺した当日も暴力を受けたという。

検察は証拠上から「殺意」の認定が困難として、罪名を傷害致死容疑に切り替えて起訴した。同年11月11日、東京地裁の初公判で木村は「記憶がなく分からないが、自分の意思で大切な彼を傷つけることは絶対にない」と起訴事実を否認し、無罪を主張したが、検察側より懲役4年を求刑され、懲役2年6月が言い渡された。


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by a19750601 | 2008-11-26 17:56

2008年NHK紅白メンバー

2008年紅白出場メンバー

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大みそか恒例の第59回NHK紅白歌合戦(12月31日午後7時20分)の出場歌手が25日、発表された。紅組26組、白組27組で26対戦。歌を聴かせるねらいで過去10年で最少組数。初出場はジェロ(27)、東方神起、青山テルマ(21)ら計14組と多い。“おバカ”でブレーク中の男性3人組の羞恥心と女性3人組のPaboはともに初出場で合体して白組で出場する。

モーニング娘。中川翔子らアイドル系が姿を消し、アキバ系に照準を合わせた昨年から一転、水谷豊、秋元順子、サラリーマン歌手の木山裕策らオトナ紅白の様相だ。


◆SPEED、藤あや子、森山直太朗ら復活

復活組はSPEED、藤あや子、森山直太朗、Aqua Timezの4組。00年の解散から今年8年ぶりに復活したSPEEDは、99年以来、通算4回目出場。

また、今回はサザンオールスターズ、B’z、竹内まりや、宇多田ヒカル、安室奈美恵らの出場も注目されていたが、「ご相談はしましたが…」(石原真チーフ・プロデューサー)と、オファーを出したものの、いずれも実現に至らなかったことを明らかにした。

今年いっぱいで活動を休止するサザンについては「この前の8月のコンサートで、気分的にもサザンとしての区切りがついたのでは」と感想をもらした。

モー娘。もアキバ系も一斉に消えた


昨年は、モーニング娘。、℃-ute、Berryz工房らハロー!プロジェクトの混合チームと、中川翔子、リア・ディゾン(22)、AKB48による“アキバ系”チームによるアイドル対決が大きな話題となったが、今年は双方とも出場者リストからこぞって名前が消えた。特にモー娘。は、98年のデビュー以来、昨年まで10年連続出場していたが、ついに記録が途絶えた。

NHKの近藤保博エンターテインメント番組部長は「今年は歌力をテーマにして、きちんと歌を歌うことを目指す紅白なのでラインに届かなかった。相対的な評価で枠外になってしまった」と説明。石原真チーフ・プロデューサーも「アイドルというのは、良いときもあればそうでないときもある」と、大ヒット曲がなかったことを挙げ、「アイドルは大御所とは違うので大変だとは思うが、ハロプロも若返りを図っているようなので、また期待しています」。

 今年のモー娘。は、5月から上海・台北・ソウルのアジアツアーを行い、上海公演では四川大地震の被災者への義援金を寄贈し、歌の力で被災者に勇気を与えた。また、2枚のシングル「リゾナントブルー」「ペッパー警部」ともに、オリコン初登場3位と好結果だっただけに、関係者は「結構ヒットしてたのに…」と肩を落としていた。
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by a19750601 | 2008-11-26 14:02

続三丁目の夕日

いい映画ですね。

TV観ました。


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by a19750601 | 2008-11-23 14:55

小室哲哉 3千万円で保釈

小室哲哉容疑者を起訴、
保証金3千万円で17日ぶり保釈


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音楽著作権の売却話を巡る詐欺事件で、大阪地検特捜部は21日、音楽プロデューサー・小室哲哉容疑者(49)ら2人を詐欺罪で起訴した。小室容疑者らは起訴事実を全面的に認めており、「生活が豪奢(ごうしゃ)になって金がどんどん出ていくなかで、裸の王様になってしまった」と供述。被害者には、今後の音楽活動で被害弁償する意向を示しているという。小室容疑者は同日夜、逮捕から17日ぶりに保釈(保釈保証金3000万円)された。

特捜部は、共犯者で、小室容疑者が取締役を務めるイベント企画運営会社(東京)の監査役・木村隆容疑者(56)も同罪で起訴し、同社社長(45)は「関与の度合いが低い」と不起訴(起訴猶予)にし、捜査を終えた。起訴状では、小室容疑者らは2006年7~8月、兵庫県芦屋市の会社社長(48)から、著作権806曲分の売却代金(10億円)のうち5億円をだまし取った、とされる。 発表によると、犯行当時、小室容疑者は金融機関、ジャスダック上場企業(東京)などに20億円以上の負債があり、約3億3000万円の借入金のあった上場企業について、「06年8月末までに全額返済する約束をしており、その原資が必要と考えた。返済できなければ、破綻(はたん)すると思った」と供述しているという。

著作権については、「自分にないことはわかっていた」と犯意を認めているという。


小室容疑者は1980年代後半に音楽グループ「TM NETWORK」メンバーとして人気を集め、90年代後半にはプロデューサーとして多くのヒット曲を生み出した。特捜部の調べに対し、「ピークを2回経験したのは私しかいない。(被害者に)人生を再出発するためのチャンスを与えてもらったという意味で感謝している」などと供述しているという。

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by a19750601 | 2008-11-21 22:33 |

グラビア界の“売春&整形”暴露 クビ小向美奈子

クビ小向美奈子、グラビア界の“売春&整形”暴露

「600万円取れるよ」と言われ…

清純派グラビアアイドルだった小向(こむかい)美奈子(23)=写真=が所属事務所をクビになったのが今年9月。あれから2カ月、沈黙を破ってグラビア界の実情を週刊誌に激白した。

衝撃告白を掲載したのは17日発売の「週刊ポスト」。まず驚くのは“売春”の現実だ。


c0144828_846147.jpg≪アイドルになると≫≪お金を持ってる男がわっと群がって、やりにくる≫

アイドルの知名度やルックスでAからDまでランクづけされ、“自由恋愛”の形で、仲介人が約100万円を搾取。≪Aランクの子なら30万円。ご飯を食べたりお酒飲んだりしてだよ≫≪で、エッチになったら別にお手当てが出るの≫

小向は「600万円取れるよ」と持ちかけられたが断っている。

整形を強要する事務所もあって、バラエティー番組に引っ張りだこの巨乳タレントが、胸が痛い、この先不安だと楽屋で泣いていたことも。

 ≪柔らかそうな胸を触ってみました≫≪がちがちに硬い≫

ダイヤを散りばめたライターでメンソールのたばこにひっきりなしに火を付け取材に応じたという小向。≪身体を売って転落した子いっぱいいるもんね。あたしまだ良かったかな≫と覚悟の激白。次は暴露本に期待したい。
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by a19750601 | 2008-11-17 12:43

壮絶闘病生活を告白 女優大原麗子

c0144828_0303446.jpgサントリーのCM「すこし愛して なが~く愛して」の名セリフで知られる女優、大原麗子が

11日深夜、東京・世田谷区の自宅ガレージで転倒し、

右手首骨折と膝を打撲する重傷を負っていたことが14日、分かった。

大原は9年前、手足に力が入らなくなるギラン・バレー症候群を患って以来、仕事をセーブしていた。

最近、テレビや映画でめっきり姿を見せなくなっていた。

記者は状況を聞くため、この日午後5時過ぎに大原の自宅へ。

周りは小川や緑あふれる公園が広がる閑静な住宅街。

坂道を何度か上り下りすると、真っ白な外壁が印象的な洋館にたどり着いた。


インターホンを押すとか細い声で大原が応答。
疲れた様子ながらも、丁寧に答えてくれた。

それによると、物を取りにいったガレージで足もとがふらつき、転倒。

右手首の骨を2カ所折り、都内の病院へ救急車で運ばれ、翌日退院したという。

転んだのは平らな場所だが、99年に発症したギラン・バレー症候群と闘っていた。

急速に腕や脚の筋力が低下し歩行障害などを引き起こす病気で、

昨年6月には俳優の安岡力也が、同3月には元外相の川口順子氏もかかっている難病。


大原は発症後1年、芸能活動を休止。

2003年に舞台で復帰したかに見えたが、

「本当は何度も再発しているんです。でも、同じ病気の方が怖がると思うから」

と公にはせず、その後も密かに病魔と闘っていたという。

 「本当に歩くのがやっとなんです。でも同じ病気で苦しんでいる人もたくさんいるの。

お願いだから、いい記事を書いてね」としみじみ。

いまは女優業を休んでいるが、女優魂は衰えていなかった。

ギラン・バレー症候群 
筋肉を動かす運動神経が障害され、両手両足が動かなくなる病気。
免疫システムの異常が原因とみられ、重症の場合、呼吸不全になることもある。
日本では特定疾患(難病)に認定されており、年間の発病率は10万人あたり1~2人とされる。
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by a19750601 | 2008-11-15 13:16 |

小室容疑者、著作権の5億

著作権譲渡をめぐる詐欺容疑で大阪地検特捜部に逮捕された音楽プロデューサー小室哲哉容疑者(49)が、昨年、被害者の兵庫県芦屋市の投資家宅を自ら訪れ「5億円はお返しします」と直接謝罪した3カ月後に、返還債務がないことの確認などを求めて提訴していたことが7日、分かった。

 関係者によると、小室容疑者と投資家は2006年8月、806曲の音楽著作権を10億円で譲渡することで仮契約。投資家は小室容疑者の求めに応じ5億円を先払いしたが、著作権は譲渡されず、返金を求めた。

 小室容疑者は07年7月31日、投資家宅で「申し訳ありません。お金はちゃんとお返しします」と謝罪。神妙な様子だったという。

 しかし、その後も返金はなく、不安になった投資家が小室容疑者の関係者に問い合わせを繰り返したところ、10月31日に突然、小室容疑者が5億円の債務不存在と1億円の慰謝料を求め、神戸地裁尼崎支部に提訴した。

 投資家は支払いなどを求めこれに反訴。結局、08年7月に小室容疑者が6億円を支払うことで和解したが、解決金は期日までに支払われず、投資家は大阪地検に刑事告訴した。

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by a19750601 | 2008-11-08 13:43

小室哲哉逮捕 目に涙

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数々のミリオンセラー曲を手掛けた“天才”ミュージシャンの目にうっすら涙が浮かんでいた。4日朝、詐欺容疑で大阪地検の取り調べが始まった音楽プロデューサー、小室哲哉容疑者(49)。背中を丸めて力なく下を向き、一斉に光るフラッシュに少し苦笑したような表情を浮かべ、大阪地検の庁舎へ。一時代を築いた面影は見られなかった。

c0144828_1122165.jpg小室は、白のTシャツに黒のパーカ姿。午前7時50分ごろ、大阪市内のホテルからワンボックス車に乗り込み、地検係官に両脇を挟まれるように後部座席に座った。やつれた様子で、目にはうっすら涙も。さかんに髪をいじり、悔しそうに唇
をかんだ。

約20分後、100人以上の報道陣が集まり、ヘリコプターのごう音が鳴り響くなか大阪地検に到着。一斉にフラッシュが光り、報道陣が車に駆け寄ると、小室容疑者は垂れた前髪越しに軽く左右を見回し、口元を少しだけ緩めた。

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数々の人気アーティストを育て上げたかつての「時代の寵児(ちょうじ)」の身に一体何が起きたのか。著作権譲渡に絡む5億円の詐欺容疑が浮上した小室哲哉・音楽プロデューサー(49)。ミリオンセラーを連発し、長者番付に名を連ねるなど数々の伝説を残したが、その後事業に失敗、多額の負債を抱え込んだ。芸能関係者は「時代の移り変わりを読めず、放蕩(ほうとう)生活から抜け出せなかったのでは」と指摘している。


以下原文)

 私は先月、音楽プロデューサー、小室哲哉氏、木村隆氏らを詐欺罪で大阪地検に告訴しました。

 本件犯行が小室氏、木村氏らにより行われたのは平成18年8月でした。 

 ※2年以上の長期にわたり、刑事告訴を控えた理由

 (1)小室氏の音楽を愛した多くの皆様に悲しい思いをさせたくない

 小室氏が日本の音楽文化に与えた影響や功績は非常に大きいものです。彼の音楽を聴き触れることにより感動し励まされた多くの音楽ファンの皆様、彼がクリエイトした作品を歌ったアーティストの皆様に悲しい思いをさせたくないという思いから、この間できる限り円満解決の方法を探ってきました。

 (2)社会的影響の大きさ

 私は現在ソーシャルアントレプレナー(社会起業家)として寄付を募ることなく資金自己負担で国際動物保護活動NGOを主宰しています。また社会奉仕のため公益法人(財団法人)の会長を無報酬で務めております。一方、様々な国際投資による資産運用を行っています。

 数年前、小泉改革の中で小泉元首相が「資源を有しない日本が生き残るためには、特許権、著作権をはじめとする知的財産の有効活用しかない」という旨の発言をされており、知的財産の権利、取引の明確化、グローバル化のための法整備が国策として進められています。

 沖縄サミットのイメージソングをプロデュースし、国連親善大使を務めた公人、小室哲哉が自らの著作権を材料に詐欺を行い、刑事事件化するということは、関係音楽出版社やタレントプロダクションのみならず広く日本経済全般に影響を与えることになります。

 さらに日本が保有する様々な知的財産に対する国際的信用を著しく失墜させるということが想定されました。

 これまでの2年間、私はそのような事態は避けたいという思いで、精一杯の慈悲心を持って円満解決の道を探ってきました。         

 ※なぜ、刑事告訴に踏み切ったか

 前述のように、平成18年8月の犯行後、私は民事訴訟も行わず円満解決の道を探っていました。しかし小室氏は私に誠実に対応することはなく、のらりくらりと逃げていました。

 そんな中、平成19年11月頃、あろうことか突然小室氏が私に対して民事訴訟を起こしました。

 「Aからお金は受け取っていないので小室に債務は一切ない、Aが小室の信頼を失墜させたことにより被った名誉棄損などの被害金額は16億円のうち、一部の1億円を支払え」という、にわかに信じがたい内容でした。

 その後、私が反訴原告となり今年に入って私側の主張が100%認められ「小室氏からAに対し9月30日までに6億円と遅延損害金を支払う」という和解がなされました。しかし残念なことに支払期日である9月末までに小室氏から一切お金は支払われませんでした。小室氏は、5人目の弁護士に変え、相変わらずのらりくらりと現実から逃げている状態でした。(この2年間で小室氏は5回弁護士を変えています)

 私はこのような状況下、小室氏が現実から逃げてばかりしていても何も終わらないし、なにも始まらない、この状態をこのまま放置しておくのは小室氏らにとって良くないと考えるに至りました。私はこの際、彼らが厳重な司法の裁きを受けることにより、彼らの軽率で誤った行動によって、私を含む多くの人々に悲しい思いをさせたこと、そして日本が保有する知的財産に対する国際的信用を著しく低下失墜させたことに対する罪の深さを認識、反省し、更生してほしいと考えるに至りました。

 ※小室氏へ

 Departures

 小室氏の作品にDeparturesという曲がありますが、arrivalという曲は未だありません。

 Departureという言葉には「出発」と「背反」という意味があります。arrivalという言葉には「到着」と「新生」という意味があります。

 Departure(出発あるいは背反)してしまった小室氏は、いつまでdaydreamを続けていても、それは永遠ではありません。何も終わらないし、何も始まりません。

 daydreamは永遠には続かないのです。いつかはしかるべき所にarrival(到着、新生)するしかないのです。

 以上、本件告発人のコメントとさせていただきます。

 平成20年11月

 小室哲哉著作権詐欺事件告訴人A
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by a19750601 | 2008-11-04 21:28 |

歌手のフランク永井死去していた

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 「有楽町で逢いましょう」「君恋し」のヒット曲で知られ、戦後のムード歌謡を代表した歌手のフランク永井(ふらんく・ながい、本名=永井清人=ながい・きよと)さんが10月27日午後6時、肺炎のため東京都世田谷区の自宅で死去した。76歳だった。連絡先はビクター音楽芸能。告別式は近親者のみで行った。喪主は姉、美根子さん。

c0144828_237249.jpg宮城県生まれ。米軍キャンプのクラブ歌手を経て1955年、ビクター専属のジャズ歌手としてデビュー。作曲家の故吉田正氏に見いだされ、門下生となり、歌謡曲に転じた。57年の「有楽町で逢いましょう」が大ヒット。幅のある低音の魅力で「都会派歌謡の第一人者」と称された。

61年に「君恋し」で日本レコード大賞。71年、歌謡曲歌手として初めて芸術選奨文部大臣賞を受けた。代表的なヒット曲は、ほかに「夜霧に消えたチャコ」「おまえに」や故松尾和子さんとデュエットした「東京ナイト・クラブ」など。


肺炎のため10月27日に亡くなった歌手のフランク永井さんは、「有楽町で逢(あ)いましょう」「東京ナイト・クラブ」などのヒット曲で知られるが、大阪を舞台にした歌も少なくない。

「なんで泣きはる 泣いてはる――」

大阪弁で歌ったヒット曲「こいさんのラブコール」(1958年)は、当時珍しかった大阪弁の歌をつくろうと、大阪・朝日放送のラジオ番組「ABCホームソング」の企画で生まれた。

作曲した大野正雄さんは、歌の収録で放送局のスタジオを訪れたフランクさんとの初対面を、今もよく覚えている。人気歌手とは知らず歌い方に「色気がない」などあれこれ注文を付けたが、苦笑いしつつ黙って聞いていたという。「あとで偉大な歌手と聞いてびっくりした。名前の通り、まじめで気さくな人だった」

「こいさん」は多くの歌手に歌い継がれている。「しかし」と大野さんは言う。「最初にあの独特の渋い低音を聞いてしまうと、あの歌を歌わせて、フランクさん以上にはまる歌手はいなかった」

 同じ大阪を舞台にしたヒット曲「大阪ぐらし」(64年)。歌詞を刻んだ歌碑が、歌に登場する法善寺(大阪市中央区)の一角にある。作詞した故・石浜恒夫さんの追悼のため04年に建てた。

 「おなごなりゃこそ 願かけまする 恋の思案の 法善寺――」

住職の神田眞晃さんによると、石浜さんの遺族が「難波のイメージによく合う」と、この曲を刻むよう希望したという。「法善寺かいわいを人情的に歌い、大阪の夜の街の風情が見えるように、優しく伝えるメロディーが印象的でした」と言う。

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by a19750601 | 2008-11-02 23:20 |