男性相次ぎ不審死 結婚詐欺容疑で逮捕の女

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結婚詐欺事件で逮捕・起訴されている東京・豊島区の34歳の女が、犯行の動機について「クレジットカードの支払いに追われていた」などと供述していることがわかった。

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警察のこれまでの調べで、女はこの1年だけでも複数の男性から2000万円以上を受け取っていたことがわかっている。その後の調べに、女は、今年8月ごろ2人の男性から210万円をだまし取ろうとした動機について「クレジットカードの請求が数十万円あり、支払いに追われていた」などと供述していることがわかった。
女は今年8月、東京・池袋の家電量販店で約50万円分の買い物をしており、数十万円のクレジットカードの請求があったという。今年9月に逮捕された時点で、女の預金残高はほぼゼロだったことがわかっており、警察は金の流れを詳しく調べている


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結婚詐欺の疑いで埼玉県警に逮捕された無職女(34)が、
インターネットのオークションサイトで
「精力剤」を購入していたことが28日、分かった。


女と交流があり死亡した男性のうち、2人の遺体からは睡眠導入剤が検出されている。
女の周囲では、これまで男性4人の死亡が明らかになっているが、
一部報道によるとさらに別の2人の死にも不審な点が浮上しているという。

女が利用していたインターネットオークションの取引履歴によると、大手ピアノ教室の各種グッズ、高級ホテルのアメニティーグッズ、ブランド品の紙袋、精力剤などを落札している。精力剤はカプセル状のサンプル品で、主に男性が使用するもの。女は自身のブログで、オークションで落札したものと同一とみられるものを複数掲載している。

県警などよると、安藤建三さん(80)と大出嘉之さん(41)の遺体からは、睡眠導入剤の成分が検出され、女から押収した睡眠導入剤と一致した。女が2人に薬を服用させた可能性も視野に入れ捜査を進めている。

5月に自宅の火事で死亡した安藤さん宅に、女は「ヘルパー」と称して頻繁に出入りし火事当日にも訪問。ブログには同17日付で「介護のお手伝いをしている80歳のおじいさまのお宅にうかがいました」との記載がある。火事は「私はお手伝いをし、数時間後の出来事だった様子」とし「おじいさまと最後にあったのは私ではないかということで事情を聞かれ、サスペンスドラマのような一日でした」と書き込んでいる。

また、大出さんは遺体で見つかる前日の8月5日に「2泊3日で婚前旅行に行く」と自身のブログに書き、都内でレンタカーを借りていた。女は遺体発見現場の埼玉県富士見市で大出さんと一緒にいたことは認めているが、「その後は別れたので(死亡の)経緯は知らない。自殺したのではないか」と供述している。

2人のほかに、女と交際していた寺田隆夫さん(53)も一酸化炭素中毒で死亡していたことが判明。警視庁は当初、自殺と判断していたが、死亡の経緯に不審な点があり、殺人の疑いもあるとみて捜査する方針を固めた。

捜査関係者によると女は、既に起訴された事件の被害者以外にも男性数人に対し結婚詐欺を繰り返し、昨年以降、少なくとも2000万円を詐取した疑いがあることも判明している。(死亡者の年齢はいずれも当時)

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知人男性が相次いで不審死した事件で、女と交際していた青梅市の会社員寺田隆夫さん=当時(53)=も、練炭による一酸化炭素中毒で死亡していたことが、捜査関係者への取材で分かった。

警視庁は当初自殺と判断していたが、死亡の経緯に不審な点があり、殺人の疑いもあるとみて捜査する方針を固めた。

捜査1課などによると、寺田さんは2月4日、青梅市東青梅4丁目の自宅マンションの部屋で、布団の上にあおむけの状態で死亡しているのが見つかった。室内に練炭の入った容器が6個あり、死後数日が経過。死因は一酸化炭素中毒だった。

寺田さんは1月30日夜、立川市の会社を退社した後は出勤しなかったため、上司らが部屋を訪れ遺体を発見。部屋が施錠されていたことなどから警視庁は自殺と判断し、司法解剖や行政解剖はしていなかった。

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↑ 豊島区の女のマンション 14F

また、8月に女の交際相手だった会社員大出嘉之さん=当時(41)=の遺体が見つかったレンタカーの車内に、大出さんの所持品がほとんどなかったことも判明。県警は、女が自殺に見せ掛けるため持ち去って処分した可能性があるとみて裏付けを進めている。

捜査関係者によると、大出さんは遺体で見つかる前日の8月5日「2泊3日で婚前旅行に行く」とブログに書き込み、都内でレンタカーを借りていた。遺体発見時に大出さんの財布や免許証などは見つかったが、かばんなどはなく旅行用品も残されていなかった。

女は8月5日夜、遺体発見現場の富士見市の駐車場で大出さんと一緒にいたことを認め「その後は別れたので(死亡の経緯は)知らない。自殺したのではないか」と供述している。

「なぜこんな所で」地元住民に衝撃富士見の駐車場

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大出さんの遺体が見つかった富士見市針ケ谷の駐車場は、国道463号から15メートルほど入った住宅街の中。大出さんは当初、練炭自殺とみられていたが殺人事件の可能性も出ており、地元住民は「なぜこんな所で…」と驚いている。近くに住む40代の主婦は「夜は暗いし、こんな目立たない場所をどうやって見つけたのか。土地勘がないと分からないはず」と不思議そうに話した。

車を目撃した近所の女性(52)は「後部座席に横たわっているのが見えた」と話した。大出さんの遺体が発見されたのは8月6日午前7時すぎ。女性はパトカーのサイレンの音を聞いて駐車場に駆け付けた。車内にいた大出さんはチェック柄のシャツ、ベージュ色のチノパンを履いており、車の色はシルバーだったという。

駐車場隣のアパートに住む主婦(36)は前日の5日午後10時半ごろ、普段は駐車しない場所に車が止まっているのを見たという。

★続き★セレブ生活、自転車操業=知人男性に無心し維持
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by a19750601 | 2009-10-29 18:15 |

訃報 円楽さん最後のインタビュー

円楽さん最後のインタビュー

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29日に肺がんのため亡くなった落語家、三遊亭円楽さん(享年76)。昨年末、円楽さんは体調が思わしくないながらも取材に応じ、近況を語っていた。

 「週に月水金と3日、ですからね、人工透析は。肺がんをやって胃がんをやって脳梗塞をやっているでしょ。その後遺症がないかって診たりするから、ほとんど毎日病院です。(人工透析で)よくはなんないです、あの世にいくまで。だから(体調が)いいっていっていいのか、分からない。点滴は5時間かかります。1日仕事です。金曜日に行って、あす土日が休みだと、ほっとしますね」

円楽師匠に、最後にじっくりとお話を伺ったのは昨年の12月のこと。冒頭の発言はその時のものだ。

体調がよくないといいながら、ご自宅の応接間に招き入れてくれた。しゃべる口調は立て板に水で、床の上には孫の遊び道具が幸せそうに散らばっていた。

 「孫は、ここに住みたいって言ってるんですよ。上の子なんか、ここんちの養女になるって(笑)。5歳と2歳、女の子です」

孫の話になると、これでもかとばかり、まなじりが下がる。

 177センチという長身、大きな声が張れる。落語家としては恵まれた体格を、昭和の大名跡・古今亭志ん生がずいぶんとかわいがったという。

 「噺家になるようにできていたんでしょうね。私は小さいころから、声がばかでかいんですよ。志ん生師匠なんか、俺があんたぐらいの声があったら、人情噺をびしっとできたんだけどなぁって」

 歯型がついた一升枡で冷酒をちびりちびりと飲みながら、そんな風にほめられたという。

 名人・六代目三遊亭円生に入門し、仕事にも芸に恵まれた落語家生活を送った。アイドル並みの人気の落語家として、テレビやラジオでレギュラー番組を抱え、仕事場には女性が出待ちする風景も出現した。

 「モテモテだったんですね?」

 そう軽口をたたくと、

 「それがダメなんですよ。女の子をちゃんと避けて歩かないと」と真顔でたしなめられた。

 全国区の知名度と仕事。人気番組「笑点」(日本テレビ系)を、出演者並びに司会者として、長年率いた。落語がブームといわれる昨今の人気と違い、低迷していた時期もあった。そんな時代も、落語のショーケースとしての「笑点」を意義深くとらえ、フロントマンとしての役割を大いに果たした。

 真打ち昇進をめぐるトラブルから、師匠の円生ともども、所属する落語協会を脱退。独自の路線を、歩き始める。

 私財を投じて、寄席「若竹」を作り一門の弟子の育成にあたったが、経営はうまくいかず、借金返済のために全国各地を営業で回った。

 「落語をちゃんとやらないといけない時期だったんですけどねぇ…」という後悔は、消えることがなかった。

 入れ歯の調子も、ずっと今ひとつだった。もごもごする感じがして、落語をしゃべっていてもしっくりこない。口の中の入れ歯を取り出して、そのように説明を受けたことがあった。

 いい入れ歯があり、健康不安さえなければ、老境の名人の姿に触れられたかもしれない。かなわぬ夢だけを聴き手に残して、満身創痍の師匠は静かに旅立った。お疲れさまでした
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by a19750601 | 2009-10-29 13:18 |

酒井法子 初公判 検察側、懲役1年6月を求刑

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覚せい剤取締法違反の罪に問われている女優の酒井法子は、2009年10月26日に東京地裁で開かれた初公判で起訴事実を全面的に認めた。テレビ各局は、通常の番組を拡大して速報。芸能界や法曹界から多くのコメンテーターが出演したが、「奥さんとしても妻としても資格のない人」とか「検察の『簡単には(裁判所に)執行猶予を出させない』という姿勢が表れている」といった、被告に厳しい見方も出た。

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初公判では、20席の一般向け傍聴席に対して、6615人が、裁判所近くの日比谷公園に列を作った。使用された法廷が、他の「大事件」と比べて小さかったこともあって、競争率は過去最高の330.75倍を記録した。

「介護の勉強をしていきたい」

公判では、酒井被告は起訴内容を全面的に認めた上で、夫の高相祐一被告(41)と離婚する意向を涙ながらに表明。今後については、「介護の勉強をしていきたい」などと述べた。

初公判をめぐっては、テレビ各局も特別体制で報じ、様々なコメンテーターが登場した。その中では、酒井被告に対して厳しい見方をするものも少なくなかった。

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各識者のコメントの中で共通しているのが、「酒井被告が犯行の様子を正直に話している」といった趣旨のものだ。

例えばTBSの「ひるおび!」では、覚せい剤の入手経路について、酒井被告と高相被告との証言が大筋で一致していることから、元麻薬取締官の浦上厚さんが、

「(酒井被告は)今、うそをつけない気持ちになっている」

とコメント。元警視庁捜査1課長の田宮榮一さんも、

「だんだん、真実に近づいてきた。『(覚せい剤を)使わないと疲れてしょうがない』といったような禁断症状ですね」
と、禁断症状についても率直に証言していることを指摘。八代英輝弁護士も、

「正直に語っている、という印象がある」

と、これに同調した。各コメンテーターの評価がおおむね一致したTBSに対して、コメンテーターの間の温度差が浮き彫りになったのがテレビ朝日の「ワイド!スクランブル」だ。

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「奥さんとしても妻としても資格のない人。腹立たしい」

検察出身の大澤孝征弁護士は、薬物依存から抜け出すためには、高相被告との関係を断ち切ることが重要だと主張。その上で、酒井被告が公判の中で高相被告と離婚することを明言しなかったことについて、

「『こういう人とやっていくつもりはない』と言ったほうが。本当は良かったのかも知れない。その辺があいまいと受け取られる余地がある」


と、酒井被告に不利になる可能性があることを指摘。

さらに、

「検察による被告人質問が非常に長かった。おそらく、弁護側よりも長かったと思います。これは、『簡単には(裁判所に)執行猶予は出させない』という意志の表れでしょう。苛め抜いて、厳しい追及をしている最中。これは被告人のためにもなるはずです」

と、  「必ずしも執行猶予が付くわけではない」  との見解を示した。

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一方、「酒井法子 孤独なうさぎ」(双葉社)著者の渡邊裕二さんは、酒井被告が「介護の仕事をしたい」と証言したことについて、

「現在、そう思っているだけで、日にちがたつにつれて、芸能界への復帰を、もしかしたら考え出してくるかもしれない。芸能関連でファッションの仕事もしていたので、(ファッションの)プロデュースをしてもいいだろうし、間口は広い」
と、芸能関連の仕事に復帰することについて楽観的だ。

また、よみうりテレビ(日本テレビ系)の「ミヤネ屋」では、うつみ宮土理さんが

「妻だったら(夫が覚せい剤を使っているのを知ったら)『やめなさい!』と驚くでしょう。覚せい剤は高価なはずなので、『いくらくらいかかるの?』って(聞くはず)。被告は経済観念がない。子どものことも考えていない。奥さんとしても妻としても資格のない人。腹立たしい」

と、酒井被告の「家庭人」としての資質に疑問を呈していた。

公判では、検察側が懲役1年6か月を求刑し、即日結審。判決は11月9日に言い渡されることが決まっている。

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テレビ特番 高視聴率

26日のテレビ番組で、民放キー局で唯一、閉廷までを生放送で詳報した
日本テレビの情報番組「情報ライブ ミヤネ屋」第2部(午後2時55分~3時50分)の平均視聴率が、過去4週間平均を4.7ポイント上回る12.0%(関東地区)だった


TBSは情報バラエティー番組 「ひるおび!」 を約1時間延長し、「ひるおび!スペシャル酒井法子初公判」(午後1時50分~2時50分)を放送。
平均視聴率は5.9%(同)だった。同番組の午後(午前11時55分~午後1時50分)は5.4%(同)。


テレビ朝日は、午後1時までの情報番組 「ワイド!スクランブル」 を通常より2時間近く延ばし、「拡大スペシャル」(午後1時5分~3時)を放送。
平均視聴率は6.7%(同)を記録した。同番組の第2部(正午~午後1時5分)は7.6%(同)。

フジテレビは午後1時半からのドラマ 「嵐がくれたもの」 のスタートを30分間遅らせ、
その間に報道特別番組「酒井法子被告注目の初公判」(午後1時半~2時)を放送。平均視聴率は5.9%(同)だった。


NHKは通常の 「スタジオパークからこんにちは」 (午後1時5分~55分)で、東京地裁から届く被告関連の生ニュースも入れながら、同局解説委員が「芸能界の薬物乱用」をテーマに解説。番組平均視聴率は、過去4週間平均4.0%を1.9ポイント上回る5.9%となった。

★芸能界復帰には「地獄待ってる」
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by a19750601 | 2009-10-26 16:05 |

押尾被告に懲役1年6か月求刑

押尾学懲役1年6か月求刑 


変死女性の遺族は報道陣に涙の訴え

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合成麻薬MDMAを使用したとして麻薬取締法違反(使用)の罪で起訴された俳優・押尾学被告の初公判が23日、東京地裁で行われ、検察側は懲役1年6か月を求刑した。押尾被告は保釈時とは異なり、黒系のスーツに身を包んだものの白髪がかなり目立つ状態で出廷。一方、事件時に押尾被告が居た部屋で亡くなっていた当時30歳の女性の父親も上京。傍聴券を得て、法廷内でその様子を見守り、終了後には報道陣の前で体を震わせ涙を流しながら想いを語った。

東京地裁には21日に行われた酒井法子被告の夫・高相祐一被告の傍聴希望者を上回る2232人が殺到。一般に割り当てられた座席は20で、倍率は111.6倍となった。午後12時半頃には、押尾被告を乗せたと思われる黒のバンが南門に到着。詰め掛けた報道陣と接触せぬよう、スピードを緩めず入ろうとしたが曲がりきれずに停車した。直後に車には、無数のフラッシュがたかれ警備を行う警視庁の警官や裁判所員と報道陣のヒートアップしたやりとりで現場は一時、騒然となった。

傍聴者の入廷締切りとなった午後1時20分には、死亡した女性の父親が傍聴券を持ったまま中へ。直前に「お父さんですか?」との問いには口を真一文字にしたままコメントしなかった。中に入った傍聴者の1人は押尾被告の様子について「顔は上げず、下を向いて一点を見つめるような感じ」。およそ2時間の裁判が閉廷となった午後3時44分には、再び西門から押尾被告が乗ったと思われる黒のバンが姿をみせた。

閉廷後には、裁判を傍聴した死亡女性の父親のコメントを取ろうと公判が開かれた425号法廷に近いエレベーターホールを40名ほどの報道陣が一斉に取り囲む。「(父親の)息子だ!」と名乗る、死亡女性の実弟を一部報道陣が突き飛ばしたり、2人が乗ったエレベーターが停止階で止まらないなどのアクシデントが続いた後、地裁に隣接する広場で会見を行った死亡女性の父親は「(裁判を終えて)何も言えません。(彼を見て)言うことは何もありません」とコメント。さらに、体を震わせて涙を流しながら「彼の背中をみながら(空白の)3時間の間に、何故救急車を呼ばなかったのかと思いました……」と無念さを露にした。

報道陣からは「それが一番言いたかったのか?」と聞かれると「はい」と答え、さらに「誠意は感じられたか?」との質問には「考える余裕はなかったです」とコメント。最後には「これから(自宅のある岐阜)飛騨に帰ります」とだけ話し、タクシーに乗り込んだ。

判決は11月2日に言い渡される。

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by a19750601 | 2009-10-24 18:55

押尾学の初公判



 《東京都内のマンションで合成麻薬MDMAを服用したとして、麻薬取締法違反の罪に問われた元俳優、押尾学被告(31)の初公判が23日午後1時30分、東京地裁425号法廷で始まった。事件をめぐっては、押尾被告が一緒にMDMAを服用したとみられるホステスの女性(30)が遺体で見つかり、警視庁が捜査を続けている。いまだ解決されていない多くのナゾ。押尾被告は法廷で何を語るのか》
 《起訴状などによると、押尾被告は今年8月2日、東京都港区にある「六本木ヒルズ」のマンションの一室で、MDMAの錠剤を飲んだとされる》


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 《捜査関係者によると、押尾被告は同日午後2時半ごろ、女性と部屋で落ち合い、一緒にMDMAを飲んだが、6時半ごろになって、女性に異変が起きた。押尾被告は7時ごろ、知人男性に「大変なことになった」などと連絡。約40分後に到着した知人男性らが午後9時20分ごろ、119番通報したが、救急隊が到着したときには女性は死亡していた。押尾被告もすでに部屋を出ていた。押尾被告は翌3日午後になって警視庁麻布署に出頭、逮捕された。女性の両親は、こうした経緯から、女性の死亡経緯についても徹底捜査を求めている。押尾被告は逮捕後、女優の矢田亜希子さん(30)と離婚。同月31日に保釈された後、報道陣の前に現れ、事件について謝罪するなどしたが、その後は、公の場所に姿を現していない。どういう姿を見せるのか。開廷1分前の午後1時29分、裁判官席に向かって左側の入り口から押尾被告が入ってきた。保釈の時と比べると短く刈り込んだ頭髪。左部分が白くなっているのがはっきり分かる。グレーのスーツにストライプのネクタイを締めて、固い表情で、弁護人席前の被告席に座った。一息置いて井口修裁判官が開廷を宣言する》

裁判官 「では始めます。被告人前へ」

《押尾被告が中央の証言台へ立つ。裁判官が名前や職業などを確認する》

裁判官 「名前は」

押尾被告 「押尾学です

裁判官 「職業は」

押尾被告 「無職です

 《「無職」。押尾被告は自分の職業を説明した。次に検察官が「被告は法定除外事由がないのに平成21年8月2日…」と、起訴状の朗読をした》

裁判官 「検察官が言っていることに間違いはありませんか」

押尾被告 「ありません

 《低い声で、起訴内容を認めた押尾被告は、ゆっくりと被告席に戻った。検察官が冒頭陳述を読み始める。押尾被告は固い表情を崩さず、半ばうつむいたまま、じっと聞いている》

検察官 「被告は東京都日野市に生まれました。高校中退でバンド活動を始め…」

 《押尾被告の経歴を説明した後、検察官はMDMA服用の経緯を改めて説明する》

 「被告は平成21年8月2日東京都港区六本木6丁目12番2号所在のマンション『六本木ヒルズレジデンス』B棟○号室(実際の部屋番号)において、麻薬MDMAを含有する錠剤を飲み…」

 「なお同室は、被告人の知人である(女性)会社社長の部屋であり、平成21年6月ころから同室を使わせてもらっていた」

 《冒頭陳述を読み終えた検察官。これに対して、押尾被告の弁護人が立ち上がり、あらかじめ検察側が提出している一部の証拠に対して「不同意」を表明する》

弁護人 「携帯電話の写真撮影書、写真撮影報告書、供述調書については不同意、その余については同意します」

《押尾被告の携帯電話は、事件後、マンションの植え込みに捨てられており、警視庁が発見。そのシーンがテレビ番組で報道された。弁護側は、こうした経緯のある携帯電話の関連証拠について、“異議”を唱えているようだ。続いて、検察官が立ち上がり、MDMAの鑑定書など、次々に証拠を挙げていく。押尾被告は、ときおりまばたきをするが、ほとんど表情を変えず、じっとそれを聞いている》

 《検察官は押尾被告の供述調書を読み上げる

 「私は日野市に生まれ、4歳の時、父親の会社の転勤で、アメリカのロサンゼルスへと引っ越しました。帰国後、都内にある私立中学に入り、在学中はサッカー部にいました。高2になると、サッカーより音楽で身を立てたいと思い、高校を中退し…」

 《供述調書では、その後、俳優になり、渡米、結婚、事件後には所属事務所エイベックスを解雇されるまでの経歴を押尾被告が語っている

 「(事件で使っていた)部屋は(女性)会社社長に『使って良いわよ』と言われ、使っていたものです」

 《ここまで、供述調書の内容を読み上げた検察官。今度は事件前の様子について、押尾被告が語ったという供述調書を読み上げ始めた》

次に、今年7月28日に帰国し、○○ちゃん(ホステスの女性の源氏名からとったとみられる愛称)が現れるまでのことについて話します。29日には(川崎市の自宅から東京の)代官山へ家族で食事に行きました。帰ってきて妻とケンカし、六本木のマンションに行きました。8月1日に六本木マンションから一度川崎のマンションに戻りましたが、また六本木に戻りました。2日には○○ちゃんが来るというので、午前中から『何時に来る』とメールを打ちました。マネージャーらとそば屋に食事に行き、午後2時半ごろ、戻ってきましたが、○○ちゃんから、メールが来たのでマネージャーらに『帰ってくれ』と言いました。私はMDMAについて、『いままでやったことがなく、今回初めてやった』と言いましたが、よく考えると、2年前にアメリカのクラブで飲んだことがありました。今年に入っても、六本木で飲んだことがありました

 《供述調書の中で、押尾被告はMDMAを以前から服用していたことを認めた。検察官はさらに調書を読み続ける》
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by a19750601 | 2009-10-23 19:11

高相初公判 懲役2年の求刑

高相祐一初公判、傍聴20席に1557人

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酒井法子の夫で、覚せい剤取締法違反の罪に問われた高相祐一被告の初公判が21日午前10時、東京地裁で始まった。

傍聴席20席を求め、報道関係者ら1557人が列を成すなど、改めて注目度の高さがうかがわれた。高相被告は、白いワゴン車で午前9時20分ごろ、入廷した。


同被告は被告人質問で、自分の母親のもとに 妻・酒井法子から 「家族3人でまた暮らしたい」 などと書かれた手紙が届いたことを明らかにした。

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逮捕時に覚せい剤を所持した理由には 「法子と合流し一緒に使おうかなと思っていた。自宅に置いておくと、自分がいない間に法子が隠れて使用すると思った」 と述べた。

また使用場所について起訴状では 「公園トイレ」 とされていたが、罪状認否で自宅と改め 「妻の逮捕前で、妻の使用を隠そうと思った」 と、捜査段階でうその供述をしたことを明かした。

検察側は懲役2年を求刑。判決は11月12日。

法廷完全起し

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弁護人 「警察官に対する8月27日の調書では、1年前からは1パケあたりの量が今までの3分の1になっていた。これは正しいですか」

高相被告 「はい」

裁判官 「奄美で拾った覚醒剤はきんちゃく袋に入っていたものですか」

高相被告 「いえ、ペンケースみたいなのに入っていて、自分のきんちゃく袋に入れました

裁判官 「あなた、逮捕されたときにいろいろきんちゃくに入れて持っていたけど、それは拾ったのではないのですね?」

高相被告 「はい

裁判官 「ガラスパイプは拾ったの?」

高相被告 「それは拾ったものです

裁判官 「非常に少なかったのがイラン人から買ったものですね。すると拾ったものは誰のものですか」

高相被告 「わからないですね

裁判官 「わからないんですか。ふーん」

裁判官 「あなたは、覚醒剤は一度始めるとなかなか止めることが難しいという話を聞いたことがありますか」

高相被告 「はい

裁判官 「それはどうしてだと思いますか」

高相被告 「精神依存があって…。頭ん中で、肉体じゃなくて、頭で覚えているからと思っています

裁判官 「疲れを感じさせない、人によっては元気が出たように感じる。嫌なことがあると使いたくなってしまう。だから止めるのが難しいのですね?」

高相被告 「そうですね

裁判官 「止めるには固い決意が必要だとわかりますか」

高相被告 「はい

裁判官 「先ほどの話にもあるように、奥様と2人で固い決意をもってやめないと、1人が始めるともう1人も始めてしまうのはわかりますか」

高相被告 「はい。わかりました

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検察官 「被告人は積極的に密売人に働きかけ、ここ1年間は2週間に1回の割合で繰り返し使用していて依存性が高い」

検察官 「懲役2年を求刑します」

 《一方、弁護側は入手ルートなど犯情の自白や両親らによる更生支援を挙げて、執行猶予付きの寛大な判決を求めた》

 《高相被告は、弁護人が「長男と過ごせる時間を大切にしており、家族との新たな出発を期しています」と話すと、被告人席で正面を見据えながら何度も瞬きしていた》

裁判官 「では被告人、前へ。最後に何かありますか」

高相被告 「えー、このようなことは二度としないと固く誓います。以上です

 《高相被告はよどみなく答え、結審すると裁判官、検察官、弁護人の3方向に礼をした。裁判所職員が傍聴人に対し、傍聴席から一斉に退席するよう求めた。高相被告は立ちながら、リラックスしたようすで、弁護人となにやら話している》
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by a19750601 | 2009-10-21 14:50 |

訃報 南田洋子 死去

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多くの映画やテレビドラマで活躍し、俳優の長門裕之さん(75)との“おしどり夫婦”で知られた女優の南田洋子(みなみだ・ようこ、本名・加藤洋子=かとう・ようこ)さんが21日、午前10時54分 入院先の順天堂大学病院で死去した。76歳だった。

東京出身。1951年、大映にニューフェースとして入り、映画「美女と盗賊」(52年)でデビュー。同期の若尾文子さんと共演した映画「十代の性典」(53年)で、売春する女子高校生を演じて注目された。

 55年、日活に移籍。腸の病気で入院していたとき、石原慎太郎さんの小説を読んで感動し、日活幹部に映画化を進言した。この「太陽の季節」(56年)で長門さんと主役の男女を演じた。この作品は大ヒット。初めて共演した2人は看板スターとなり、61年に結婚した。映画「サムライの子」(63年)ではブルーリボン助演女優賞を受賞。

64年、長門さんと「人間プロダクション」を設立。その後はテレビへの出演が多くなった。NHKドラマ「紀の川」で日本放送作家協会賞・最優秀女優賞。また、65年から81年まで夫婦でフジテレビ系の音楽番組「ミュージックフェア」の司会を務めた。

98年、長門さんの父で俳優の沢村国太郎さんを介護した経験をまとめた著書「介護のあのとき」を出版し、評判になった。04年ごろから認知症の症状が出始め、2006年に芸能活動を休止。長門さんの献身的な介護が話題を集めたが、10月17日にくも膜下出血のため入院し、人工呼吸器を付けた状態になっていた。
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by a19750601 | 2009-10-21 11:09 |

★吉田拓郎 復帰ラジオで加藤和彦 追悼

慢性気管支炎で自宅療養中の歌手

吉田拓郎が19日、

内で行われたラジオ番組収録で復帰した。

20日放送のニッポン放送

「オールナイトニッポンGOLD」(午後10時)で、

仕事の再開は今年7月4日の東京でのコンサート以来になる。


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収録では代表曲「結婚しようよ」にプロデューサーとして参加するなど、交流の深かった加藤和彦さんについても語った。同曲はそれまで反体制的なメッセージの強い曲が多かったフォークソングに、時代の若者の恋愛観や文化を盛り込み、大ヒットにつなげた。拓郎は「若者たちが自分の手でつくる『日本の若者のポップシーン』の先駆けとなったのは(加藤さん率いる)フォーク・クルセダーズであり加藤和彦に間違いない。ギターが本当にうまい。指が長いので、おれたちが不可能なところに届いているから、柔らかく弾く。天才肌のセンスとテクニックをもった加藤和彦、永遠なれ」とした。

自らも加藤さんから才能を見いだされた拓郎は、今年6月から最後の全国ツアーを行った。ところが体調不良を訴え中断したまま再開されなかった。8月に拓郎を特集したラジオ番組に電話出演したことはあったが、療養に専念していた。拓郎は「体調は30%から100%に戻った」と宣言。

「元気が出てきたし、やりたいことも出てきている。身の回りにいいこともあるし、悪いことも起きているが、現実を受け止めて、僕は僕で生きていく」

と話した。
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by a19750601 | 2009-10-20 15:13 |

★加藤和彦 首つり自殺

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あの素晴しい愛をもう一度」 など多くのヒット曲で知られる音楽プロデューサー、加藤和彦が17日午前9時25分ごろ、長野県軽井沢町のホテルで首をつって死亡しているのが見つかった。パソコンで打った遺書のようなものがあり、軽井沢署は自殺とみている。関係者によると、加藤さんはうつ病を患っており、親しい知人複数に、「もうやりたいことがすべてなくなった」などと書いた手紙を送っていた。

軽井沢署によると、加藤さんは16日、1人でホテルを訪れ、1泊2日の予定で宿泊。17日午前8時15分、加藤さんの30代の知人女性からホテルに「客室の男性と連絡が取れない。室内を確認してほしい」と通報があり、従業員が部屋に内線電話をかけたが、応答がなかったため同8時半ごろ、110番した。

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駆けつけた署員が部屋に入り、浴室のはりにロープのようなものをかけて、首をつって死亡している男性を発見。知人女性と音楽関係者の男性が加藤さんと確認した。検視の結果、死亡推定時刻は16日午後9時半と判明したという。加藤さんは数日前、知人女性に電話で「死にたい」などと漏らしていたといい、その後、連絡が取れなくなり心配になった女性が、加藤さんの訪れそうな場所を捜し、ホテルに問い合わせた。

部屋には旅行バッグと関係者宛てのパソコン打ちの2種類のメモがあり「お世話をかけます」など自殺をほのめかすような内容。同署は自殺とみて詳しく調べている。加藤さんの遺体は男性関係者に付き添われ17日午後6時に同署を出た。東京に向かったとみられる。

親しかった知人によると、加藤さんはうつ病を患っていたという。この知人には「もうやりたいことがすべてなくなった」などと綴った手紙を送っていた。他にも、フォークルの仲間だった北山修さんら親しい友人複数にも同様の手紙を送っていたとみられる。

また、別の音楽関係者が1カ月ほど前に会った際には、「自分が思ったような音楽が作れなくなった」と悩みを明かしていた。死を選んだ軽井沢にはスタジオがあり、度々訪れるなどお気に入りの場所だった。

最後のステージは、先月20日に静岡・つま恋で行われた、南こうせつ主催の野外ライブ。ゲストとして登場し元気な姿を見せていた。
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11月5日には都内で大腸がん撲滅キャンペーンのコンサートを主催するほか、
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12月には舞台版 「パッチギ!」 の音楽を担当することが決まっていた。
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ある音楽関係者が証言する。

「派手な暮らしぶりで知られた加藤さんですが、多額の借金で自宅マンションを手放すなど、ここ数年は金銭的に困窮していたようです。プライドの高い加藤さんが規模の小さい地方の音楽イベントにも積極的に出るようになり、『金に困っているのか』ともウワサになっていました」


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10月19日 「オールナイトニッポンGOLD 緊急特別番組 

加藤和彦さんを偲(しの)んで」 (午後10時~11時50分) では、9月28日収録分のインタビューのほか、加藤さんの知人、友人らからのリクエスト曲も紹介する。

ニッポン放送編成部は 「9月に収録をしたときの加藤さんは、作品をどう生み出すかなどについてとても明るく話してくれていた。まさか、こんなことになるなんて想像もしていなかったので、スタッフはみんなびっくりしています」とコメントした


★加藤和彦さん最後のインタビュー はこちら
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by a19750601 | 2009-10-18 05:14 |

中川元財務相が自宅で死亡

自民党の中川昭一元財務相(56)が東京都世田谷区下馬5丁目の自宅2階のベッドでうつぶせになった状態で死亡しているのが4日、見つかった。

警視庁世田谷署などによると、目立った外傷はなく、事件の可能性はないとみられる。同署が死因などを調べている。自宅からは遺書のようなものは見つかっていない。


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警視庁によると、中川氏の妻が同日朝、中川氏が起きてこないため、様子を見に行ったところ、ベッドでぐったりしているところを発見。同日午前8時半ごろに119番した。

中川氏は麻生内閣で財務相兼金融担当相に就任。今年2月にローマで開かれた先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)閉幕後、もうろうとなった状態で記者会見して批判を受け大臣を辞任、会見前の飲酒も発覚した。

8月の衆院選では道11区で民主党の候補に敗れ、比例代表での復活もできず、落選した。

中川氏は元農相の故一郎氏の長男。東大卒後、日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)に勤務したが、1983年1月に一郎氏が札幌市内のホテルで死亡し、同年12月の衆院選に立候補、初当選。8期連続当選し自民党政調会長、農相、経済産業相を務めた。
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by a19750601 | 2009-10-04 09:01 |