訃報 円楽さん最後のインタビュー

円楽さん最後のインタビュー

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29日に肺がんのため亡くなった落語家、三遊亭円楽さん(享年76)。昨年末、円楽さんは体調が思わしくないながらも取材に応じ、近況を語っていた。

 「週に月水金と3日、ですからね、人工透析は。肺がんをやって胃がんをやって脳梗塞をやっているでしょ。その後遺症がないかって診たりするから、ほとんど毎日病院です。(人工透析で)よくはなんないです、あの世にいくまで。だから(体調が)いいっていっていいのか、分からない。点滴は5時間かかります。1日仕事です。金曜日に行って、あす土日が休みだと、ほっとしますね」

円楽師匠に、最後にじっくりとお話を伺ったのは昨年の12月のこと。冒頭の発言はその時のものだ。

体調がよくないといいながら、ご自宅の応接間に招き入れてくれた。しゃべる口調は立て板に水で、床の上には孫の遊び道具が幸せそうに散らばっていた。

 「孫は、ここに住みたいって言ってるんですよ。上の子なんか、ここんちの養女になるって(笑)。5歳と2歳、女の子です」

孫の話になると、これでもかとばかり、まなじりが下がる。

 177センチという長身、大きな声が張れる。落語家としては恵まれた体格を、昭和の大名跡・古今亭志ん生がずいぶんとかわいがったという。

 「噺家になるようにできていたんでしょうね。私は小さいころから、声がばかでかいんですよ。志ん生師匠なんか、俺があんたぐらいの声があったら、人情噺をびしっとできたんだけどなぁって」

 歯型がついた一升枡で冷酒をちびりちびりと飲みながら、そんな風にほめられたという。

 名人・六代目三遊亭円生に入門し、仕事にも芸に恵まれた落語家生活を送った。アイドル並みの人気の落語家として、テレビやラジオでレギュラー番組を抱え、仕事場には女性が出待ちする風景も出現した。

 「モテモテだったんですね?」

 そう軽口をたたくと、

 「それがダメなんですよ。女の子をちゃんと避けて歩かないと」と真顔でたしなめられた。

 全国区の知名度と仕事。人気番組「笑点」(日本テレビ系)を、出演者並びに司会者として、長年率いた。落語がブームといわれる昨今の人気と違い、低迷していた時期もあった。そんな時代も、落語のショーケースとしての「笑点」を意義深くとらえ、フロントマンとしての役割を大いに果たした。

 真打ち昇進をめぐるトラブルから、師匠の円生ともども、所属する落語協会を脱退。独自の路線を、歩き始める。

 私財を投じて、寄席「若竹」を作り一門の弟子の育成にあたったが、経営はうまくいかず、借金返済のために全国各地を営業で回った。

 「落語をちゃんとやらないといけない時期だったんですけどねぇ…」という後悔は、消えることがなかった。

 入れ歯の調子も、ずっと今ひとつだった。もごもごする感じがして、落語をしゃべっていてもしっくりこない。口の中の入れ歯を取り出して、そのように説明を受けたことがあった。

 いい入れ歯があり、健康不安さえなければ、老境の名人の姿に触れられたかもしれない。かなわぬ夢だけを聴き手に残して、満身創痍の師匠は静かに旅立った。お疲れさまでした
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by a19750601 | 2009-10-29 13:18 |