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怪物競争馬 オグリキャップ死ぬ

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1980年代後半に競馬ブームを巻き起こし、白い怪物と称されたオグリキャップ(牡)が3日午後、日高管内新冠町の牧場で放牧中に足を骨折し、死んだ。人間なら80歳以上に相当する25歳だった。

オグリキャップは1985年に同管内新ひだか町(旧三石町)の牧場で生まれた。87年のデビューは地方競馬の笠松競馬場(岐阜)だったが、88年に中央競馬へとはい上がり、重賞レースに6連勝。有馬記念を2回制するなど競馬最高峰のG1レースで4勝を果たした。

芦毛(あしげ)が特徴でアイドル馬として人気を集め、ハイセイコー以来の競馬人気をけん引した。最後のレースとなった90年12月の有馬記念では、限界説を吹き飛ばし、見事優勝。史上最多の17万8千人の観衆が「オグリコール」を送った。

91年に引退し、種牡馬となったが、近年は種付けすることはなく、功労馬として余生を送っていた。戦績は中央20戦12勝、地方12戦10勝。獲得賞金は引退当時、史上最高の約9億1千万円。

オグリキャップを飼育していた優駿スタリオンステーションがある新冠町。小竹国昭町長は「町民やファンの大歓迎を受け、繋養(けいよう)に入った当時の興奮は今も記憶に新しい」と振り返る。町は1992年から、オグリ2世の様子などを伝える「オグリキャップ通信」を発行、町おこしにも一役買っていただけに、小竹町長は「今はとても寂しい思い」と語った。

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引退後からファンとなり、被写体として追い続けた浦河町の写真家内藤律子さん(60)は、今年の6月26日の撮影が、最後の対面に。「あのときは、元気そうに草を食べていたのに……」と、声を落とした。

優駿スタリオンステーションを運営する「優駿」の村田繁実社長は3日「芦毛(あしげ)馬としては、大変長生きしてくれたので感謝している。競馬サークルを超え、多くの人に愛され、地域にも多大な貢献をしてくれた馬。思い出はたくさんあるが、今はただ冥福を祈る」とのコメントを発表した。



c0144828_6413860.jpg地方競馬から身を起こし、実力一本でスターダムにのし上がったオグリキャップ。激動の時代・昭和の終わりに現れた1頭のサラブレッドは、ハイセイコー以来の競馬ブームを巻き起こし、日本の競馬を新たな時代へと導いた。

天の配剤というべきか。連勝街道をひた走りながら、クラシック登録を持たないばかりに三冠への道が閉ざされていたオグリキャップは、やがて最強の好敵手タマモクロスと出会う。“白い稲妻”と“灰色の怪物”――人気を二分しての芦毛対決は心躍るものだった。両者のずば抜けた能力が、互いを引き立て、輝かせた。

そのタマモクロスが引退し、旧5歳を迎えたオグリキャップは、不屈の闘志と頑健さで競馬ブームを牽引する。絶望的な位置からバンブーメモリーを差し切ったマイルチャンピオンシップ、そこから連闘で挑み、勝ち馬と同タイムの世界レコードを叩き出したジャパンカップ。限界まで死力を尽くす姿にファンは痺れ、涙した。

だが、その年6戦目の有馬記念で力尽きたオグリキャップは5着に敗れ、人気の絶頂にありながら年度代表馬のタイトルを取り逃す。激闘の代償はあまりにも大きかった。

翌年、オグリキャップはたび重なる脚部不安に苛まれ、秋の天皇賞、ジャパンカップと惨敗を喫す。「オグリは終わった」、そんな風評も聞こえてくるなか、彼は4番人気で生涯最後のゲートに赴いた。第35回有馬記念。多くのファンが逡巡のはてに、オグリという名の夢に賭けた。

実況の声に弾かれて、白い馬体が伸びた。朽葉色のターフに燃え盛る“炎”。絶望の淵から、オグリキャップは甦った。スーパーヒーローのラストランは、劇的な勝利で幕を下ろしたのだった。

爆発的なオグリブームは、くしくもバブル最盛期と一致する。うたかたの時に生きたオグリキャップは、ひたすら走り抜くことで私たちの胸を熱くした。白い炎の記憶は、不滅の真実として、競馬史に刻まれている。

by a19750601 | 2010-07-03 22:24 |