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訃報:高倉健


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「網走番外地」シリーズ、「幸福の黄色いハンカチ」「鉄道員(ぽっぽや)」など

日本映画史上に残る名作に主演し、「健さん」の愛称で親しまれた俳優で

文化勲章受章者の高倉健(本名・小田剛一)が

2014年11月10日午前3時49分、

悪性リンパ腫のため東京都内の病院で死去した。83歳。


c0144828_2253212.jpg福岡県中間市出身。幼少期は病弱だったが、

中学時代からボクシングと

英語に興味を持ったという。

福岡県立東筑高校から明治大学商学部に進学。

在学中は相撲部のマネジャーも務めた。

大学卒業後の1955年、東映東京撮影所所長にスカウトされ、

東映ニューフェイス第2期生として東映入社。

同期に今井健二、丘さとみらがいる。

c0144828_22541047.jpg56年に映画「電光空手打ち」で主演デビュー。

元々俳優志望ではなく、顔にドーランを塗り、

化粧をした自分を鏡で見て、

情けなくて涙が止まらなかったという。

アクション、

青春もの、時代劇にも出演したが、

63年の「人生劇場 飛車角」以降、

任俠(にんきょう)映画を中心に活躍。

60年代中盤から70年代前半にかけて「日本俠客伝」、「網走番外地」、

「昭和残俠伝」シリーズなどが爆発的にヒット。

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東映の看板スターになり、映画スターの地位を確立し、主題歌も歌った。

70年に高倉プロを設立。出演映画の問題で東映と意見が合わず、

東映も「仁義なき戦い」以降、仁俠映画から実録路線に変更。

76年に東映を退社する。フリー転向後、「君よ憤怒の河を渉れ」(76年)で

仁俠映画のイメージから脱却し、

以降幅広い作品に出演。「幸福の黄色いハンカチ」(77年)では、

毎日映画コンクール男優演技賞のほか、

第1回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞も受賞した。


このほか、パニックサスペンスの傑作「新幹線大代爆破」(75年)「冬の華」、(76年)、「野性の証明」(78年)、動乱(80年)、「駅 STATION」「海峡」(81年)、「南極物語」「居酒屋兆治」(83年)、「あ・うん」(89年)など代表作多数。「鉄道員(ぽっぽや)」(99年)ではモントリオール世界映画祭最優秀男優賞を受賞。「ブラック・レイン」(89年)、「単騎、千里を走る」(2006年)など海外の作品にも多く出演した。

12年、205本目の出演作、6年ぶりの主演作となった「あなたへ」で銀幕復帰。「ずいぶんと空いてしまいました。もう少し、映画に出ないといけないね」などと話していた。

私生活では、「恐怖の空中殺人」(56年)での共演をきっかけに、人気歌手だった江利チエミと59年に結婚。70年、当時の世田谷区の自宅を火事で焼失。71年に江利と離婚。その後、共演作も多い倍賞千恵子さんとの仲が取りざたされたが、独身を通した




◇所属事務所コメント全文

映画俳優 高倉健は、
次回作準備中、体調不良により入院、治療を続けておりましたが、容体急変にて11月10日午前3:49都内の病院にて旅立ちました。
生ききった安らかな笑顔でございました。

病名 悪性リンパ腫
「往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」
83歳の命を全う致しました。

治療に携わって下さいました病院スタッフの皆様から温かい涙とともにお見送りを戴き、故人の遺志に従い、すでに近親者にて密葬を執り行いました。

これまで、お励まし戴きました皆様、
心より深く感謝申し上げます。
有難うございました。

今は、お一人おひとりの心の中に宿る故人の笑顔に、
静かに祈りを捧げて戴けますことを願っております。

尚、勝手ではございますが、
供花、供物などご遠慮させて戴きますこと、
あわせてご了承下さいますようお願い申し上げます。

合掌

高倉プロモーション

by a19750601 | 2014-11-10 22:46 |