人気ブログランキング |

訃報:菅原文太

c0144828_23134857.jpg


映画「仁義なき戦い」シリーズなどに主演した

俳優の菅原文太(すがわら・ぶんた)が

2014年11月28日、

転移性肝がんによる肝不全のため、

東京都内の病院で死去した。81歳。

仙台市生まれ。早稲田大中退後、雑誌モデルとして活躍中の

1956年「哀愁の街に霧が降る」で映画初出演した。

所属した新東宝が売り出すが、61年に同社は倒産。

松竹に転じたがそこでも芽が出ず、

東映に移籍した。任(にん)きょう路線全盛の東映では二線級のスターだったが、

71年「懲役太郎 まむしの兄弟」(中島貞夫監督)がヒットして頭角を現し、

73年「仁義なき戦い」(深作欣二監督)でトップスターに躍り出た。

暴力団の抗争をリアルに描いた実録路線のさきがけで

シリーズ5作は大ヒットした。

一方、75年の「トラック野郎 御意見無用」では

、乱暴だが情に厚いトラック運転手をコミカルに演じ、

これも人気シリーズに育った。


c0144828_23143491.jpg


また、77年「ボクサー」(寺山修司監督)▽78年「ダイナマイトどんどん」(岡本喜八監督)▽79年「太陽を盗んだ男」(長谷川和彦監督)など異色作にも挑戦。「トラック野郎」シリーズが79年で終了してからは渋い脇役として存在感を示した。2001年「千と千尋の神隠し」の釜爺役で声優として出演。12年、俳優引退を表明していた。

 私生活では98年に岐阜県清見村(現高山市)に移住。2001年に長男で俳優の加織(かおる)さん(当時31歳)を踏切事故で亡くした。07年には膀胱(ぼうこう)がん発症で一時帰京したが、09年に山梨県北杜市で農業生産法人を設立、耕作放棄地でライ麦などの有機農業に取り組んだ。

c0144828_2315023.jpg
11年の東日本大震災の福島原発事故を受けて

「命よりカネ優先だ」と憤って脱原発を表明。

12年には消費社会を見つめ直す運動体

「いのちの党」の発起人となった。

同年末の安倍晋三政権誕生後は、

特定秘密保護法や集団的自衛権行使容認について

「先の戦争の片りんが影絵のように透けて見える」と強く反対した。

11月1日には沖縄知事選で翁長雄志(おなが・たけし)氏の

応援演説に立つなど最近まで精力的に活動していた。

by a19750601 | 2014-11-28 20:11 |