訃報 ワイルドワンズ 加瀬邦彦 自殺

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ザ・ワイルドワンズのリーダーで

音楽プロデューサーの加瀬邦彦が

都内の自宅で自殺し、発見された。74歳。

東京都出身。数年前に食道がんを患い、

最近は自宅で療養していた。




事務所スタッフがこの日夜、

加瀬さんの自宅前で報道陣に対応。

亡くなったことを認めた上で「こちらも分からないことが

現時点でたくさんある。

あす(22日)午後に書面にてあらためて詳しく発表するので、

きょうのところはお引き取りください」と話した。



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加瀬さんは慶応大学時代の1961年に初めてバンドを組んだ後、

かまやつひろし(76)らと「キャノンボール」を結成。

その後、ザ・スパイダース、寺内タケシとブルージーンズに

それぞれ加入・脱退し、

66年に加山雄三(78)の命名による「ザ・ワイルドワンズ」を結成した。

デビュー曲「想い出の渚」がいきなり大ヒット。

爽やかな湘南サウンドが日本の音楽史に大きな影響を与え、

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GS(グループサウンズ)ブームの一翼を担った。

71年のバンド解散後は、主に沢田研二(66)のプロデューサーとして

活躍し、作詞家の故安井かずみさんとのタッグでヒット曲を連発。

中でも「危険なふたり」は、沢田にとって初のオリコン1位作品となり、

ザ・タイガース解散後のソロ活動を軌道に乗せた。

ザ・ワイルドワンズは06年の結成40周年の節目などで

たびたび再結成してきた。

09年には沢田と「ジュリー with ザ・ワイルドワンズ」を組んで

話題となった。12年にはももいろクローバーZの公演に出演するなど、

幅広い音楽活動で知られた



c0144828_7432019.jpg加瀬 邦彦(かせ・くにひこ)
1941年(昭16)3月6日、東京都生まれ。
ザ・ワイルドワンズのリードギターで、特注の12弦ギターを愛用。
「青空のある限り」「愛するアニタ」などヒットを連発。
解散後は、
沢田の「TOKIO」やアン・ルイスの「女はそれを我慢できない」
などを作曲。
東京のライブハウス、ケネディハウスも経営していた。

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by a19750601 | 2015-04-21 21:39